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顧客対応に近道なし――元ザ・リッツ・カールトン日本支社長 高野登

2018年12月21日

急がば回れの精神で「感性」と「想像力」を育む

1994年から2009年まで、ザ・リッツ・カールトン・ホテル日本支社長として活躍された高野登さん。退社後は、古巣のホテル業界から世界有数のIT企業まで、幅広い分野の人材育成、社内教育の研修などで日本中を飛び回っています。
最新刊の『リッツ・カールトンで学んだ マンガでわかる超一流のおもてなし』(SBクリエイティブ)をはじめ、著書で繰り返し述べてきたのは、サービスを超えたおもてなしの心や仕事人としての姿勢、人付き合いについてでした。そこで高野さんに、メールで顧客対応をする人に向けたコミュニケーション術などについて、話を伺いました。

「メール対応のプロ」ではなく「人付き合いのプロ」になる

――「サービス」と、高野さんがリッツ・カールトンで実践されていた「おもてなし」との違いについて教えてください。

高野:「サービス」とは、いつでもどこでも誰にでも提供でき、会社にある顧客対応マニュアルの範囲内でできることです。100人が目の前にいたら、100人に向けて公平に仕事をする力とも言い換えられます。「電話での顧客対応は7分以上しない」などと規定しているホテルもあるくらいです。

それに対し、お客様に対する「今だけ」「ここだけ」「あなただけ」という特別な感覚が「おもてなし」です。おもてなしは、マニュアルを超えたところにあるもので、自分でお客様の潜在的な欲求を見抜く感性や想像力が必要になります。

――おもてなしに必要な感性や想像力を磨くには、どうしたらいいでしょうか?

高野:まずは相手をよく見ることです。メールの場合は、メールの行間を読み解くのです。文章は人の個性がよく出ますから、お客様が何かちらっと書いてあることを見逃さない。語尾が「…」で終わる人もいれば、「~かも」と、あえて断定しない言い回しをする人もいる。相手の文面を見ながら、「もしかするとこのお客様は●●なのではないか」と、仮説と検証を繰り返していくのです。

社内のマニュアルで、メールを送る際の時候の挨拶が禁止されておらず、お客様とより良いコミュニケーションを会社から求められているとしたら、「衣替えのシーズンになりましたね」「お好きな色はございますか?」など、何気ない一言からやりとりを始めてもいいですね。相手の文章をよく見てもピンとこない場合は、まずちょっとした一言から始めてみるのも手です。

コミュニケーションの目的は、相手に行動を起こしてもらうことです。相手にこちらを好きになってもらったり、信頼してもらったりする中で、商品を買っていただく行動が起きる。対面でも電話でもメールでも、手段は違っていても目的は同じなのです。

――メールに書かれた内容の表層的な部分だけを読んで、瞬間的に返信している人にとっては、耳の痛い話です。

高野:顧客対応をする担当者にとってのアウトプットは、お客様への返信となりますが、企業研修に行くと、コンピューターみたいに、同じアウトプットを10回なら10回繰り返している人をよく見かけます。しかし、アウトプットを変えずに、何かお客様から違うインプットがやって来るんじゃないかと期待するのは、幻想にすぎません。

きちんとしたアウトプットを行うためには、人的なコミュニケーションのトレーニングが必要です。コミュニケーションは「人間関係の問題」です。対面で相手と向き合って感じ取る力が身についていない人が、メールや電話越しで、良い対応ができるわけありません。

そういわれると難しいと思うかもしれませんが、皆さんは本当に簡単なことに気付いていないだけです。IT企業に行くと、朝から自分のブースにこもって、隣の人との「おはよう」の挨拶もネットワーク上で行っているのを見かけます。そういった意思疎通を少しずつ改善するだけでも大きく変わります。
例えば、「孤独に仕事をしない」「毎日同じ人と昼ご飯を食べない」「必ず別部署の人と1日1回は話す」と自分に課すだけでも違いますよね。相手にとって、快適なコミュニケーションができるようになることが大切です。「メールのプロ」ではなく「人付き合いのプロ」になろうよ、と研修先の企業の皆さんにはよくお話ししています。

社内と社外でのクレームの乗り越え方

――顧客対応の担当者は、日々クレームにも向き合っています。より良いクレーム対応を教えてください。

高野:まず、クレーム対応という言葉の表現について考えたいです。クレームと言った瞬間から、お客様の言葉のすべてにけちをつけている感覚になります。要はレッテル貼りです。その考え方でいくと、「クレーマーとは、自分が本気で向き合わなくても許される人」となります。

リッツ・カールトンでは、クレームという言葉がありませんでした。人は言葉の持つ印象に引きずられるので、本当は勤める会社からクレームという言葉をなくすことが一番です。でも、現実問題としてそうはいかない場合、クレーマーの名称を自分の中で無理矢理にでも「自分の心の筋肉を鍛えてくれる種」や「人生の荒砥石」などと置き換えるといいのではないでしょうか。

心の筋肉、感性の筋肉は、知らないあいだに鍛えられると思っている人が多いのですが、実際そうではない。ですから、リッツ・カールトンは、いわゆるクレームをホテル側から取りにいきました。

――クレームを企業側から取りにいったんですか?

高野:はい。うるさい方であればあるほど、こちらから率先してコミュニケーションをとりました。3つクレームというか、提案があった方には、「いつもありがとうございます。前回いただいた提案のうち、2つは実践させていただいています。また、今回気が付いたところはありませんか?」と話しかけるんです。そう言われたら、お客様は悪い気がしないですよね。

今の話は、対面での場合ですが、メールでも同じです。実はホテルへのクレームは、メールやウェブサイト上のフォームに送られることが多いのです。その場合、まず担当者が相手の方ときちんと向き合います。その上で、「ご提案いただきまして、ありがとうございました。実は、ああいったお話を我々に伝えてくださる方が少ないのです。本当に助かりました。社内で検討し、このような形で改善させていただきました。またお気付きになられたことがありましたら、ぜひお教えください」などとお送りするといいですよね。

でも、こういったメール返信ができる方は本当に少ないのです。ただひたすら謝罪する文面を送ると、メールをもらった側は「謝ってもらいたいだけじゃないのになあ…」という気分になるでしょう。お客様がしてほしいこととずれたメールをお送りしてしまっては、相手との溝は埋まらなくなってしまいます。

――クレームのようなメールを送られたお客様とやりとりをする担当者は、どういった心持ちで臨めばいいでしょうか。

高野:確かに相手から強く来られた場合、メールを返しづらいですよね。でも、きちんと向き合えば怖くありません。「お前のところは二度と使わない」と、びしっと言われても、「前回はたいへんご不快な思いをさせてしまいました。我々も社内で話し合い、落ち度があったと反省しております。現在は改善しておりますので、もう一度チャンスをいただけるとたいへんありがたいです」などと、メールを5回まで送り続けるのです。

――なぜ5回なのですか?

高野:アメリカでも日本でも、商品が売れるのは、営業担当がアプローチをかけて「4.7回目」という統計が出ているのです。「三顧の礼」といいますが、営業の場合は5回アプローチしないと結果に結び付きません。すると、相手は「大人気なく突っぱねていたけど、1回くらい使ってやるか」という気になるものです。

――社内では、顧客対応を直接行う担当者をどのようにバックアップすればいいでしょうか?

高野:お客様からのきついご提案の何がしんどいかというと、向こうから一方的にやってくるからなんです。確かに電話で受けるコールセンターやメールのみで顧客対応される方は、苦労されている方が多いですね。

大切なのは個人ではなく、「社内のチームで乗り切る」こと。ブースに入っていると、担当者は孤独です。一人で悩みを抱えてしまう前に、いっしょに仲間がサポートしてくれるしくみがあるかないかで、働く人の気持ちが大きく変わります。本当につらいと、笑顔が出なくなりますから。

自分が大切にされていると感じる人しか、他の人に優しくできません。お客様と担当者の気持ちをつなげる前に、働くチームの人たちの心がつながっているかどうかが重要です。
チームリーダーの方は、ブースで対応する仲間の表情や声の調子に注意を払うようにしてください。コミュニケーションは人間関係の問題なので、小手先のテクニックでは解決できない。だから、個々の担当者も、業務以外で孤独にならないように、毎日できるだけ多くの人と言葉を交わすといいですよね。

執筆:高野登(たかののぼる)

21歳でニューヨークに渡り、ヒルトン、プラザホテルなど名門ホテルを経て、1994年にザ・リッツ・カールトン・ホテル日本支社長に就任。1997年には大阪、2007年には東京のホテル開業をサポート。
2010年に「人とホスピタリティ研究所」を設立。人材育成・社内教育の研修を数多く手掛けている。『リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間』(かんき出版)など、多くの書籍を執筆。